はちみつの歴史は長い。人は古くから養蜂をしてきた。

今回は、いつごろから人間ははちみつを食べていたのかお話します。

僕も全く知らなかったんですが、養蜂はかなり古くからされており昔の人にもはちみつは大切な食材だったんだと知りました。

養蜂はローマ神話にも出てくるほど

人がはちみつを採りだしたのは1万年前

研究によると、人がはちみつを採りだしたのはなんと1万年前とされています。

めちゃくちゃ歴史が長い。その証拠として、スペインで発見された紀元前1万5千年ごろの壁画に蜂の巣から蜜を採る女性の姿が描かれています。さらに、メソポタミア文明や古代エジプトの壁画からもはちみつに関することが描かれているそう。

ローマ時代には養蜂がされていた。

ローマ時代までは、自然に作られたみつばちの巣からはちみつを採っていたとされています。しかし、ローマ時代になると養蜂がされるようになったそうです。蜂が狭いところに巣を作る習慣を利用して今でも養蜂に使われているような養蜂箱を作り、はちみつを採っていたそうです。なので、蜂と人の付き合いはすごく長い。

日本はいつから養蜂が始まったのか?

日本の養蜂は、世界と比べると始まりは遅かったようです。日本書紀によると、643年に奈良の三輪山で養蜂を試したけれど、失敗に終わったときろくされており、これが日本初の養蜂だと言われています。

日本初の養蜂は失敗に終わってしまったそうです。

日本で、本格的に養蜂が行われるようになったのは江戸時代から。

江戸時代になると、みつばちの生態や飼育技術に関する書物が出版されるようになります。

はちみつは、高値で取引されていたそうで、献上品としても使われていました。養蜂は当時、伊勢・紀伊・尾張・土佐などで行われていたが特に土佐のはちみつは評判がよく、いい品だと取引されていたそうです。

18世紀にはいると科学的な養蜂本も出だした

18世紀にはいると働き蜂のことも書かれるようになり、外から蜜を集めてくる外勤蜂や巣の中で働く内勤蜂のことなど役割が決まっていることなどより詳しく蜂の生態について書かれている本が出版されています。江戸時代では、土佐のはちみつが良品とせれていましたが、このころは、はちみつの最大の産地となった紀伊の熊野が「熊野蜜」としてブランド化されていました。

はちみつと人の付き合いは想像がつかないほど長い

はちみつは、僕たちが思っているよりもはるか昔から食べられてきたことが分かってもらえたと思います。ぼくも、まさかこんな古くから人がはちみつを食べていたなんて思ってもいなかったです。今では研究が進み、テレビでもはちみつが体にいいことがたくさんあると紹介されるほどですが、昔の人はそんなことは知らずにおいしいのと、感覚的にはちみつを食べると体の調子がよくなったというのに気づいていたんではないかと僕は思います。

現在は養蜂家の減少、みつばちの減少などが危惧されています。みつばちの減少は、イチゴやメロンなどの花粉交配でできる作物にも影響を与えるのでまた、お話したいと思います。

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